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千葉地方裁判所 昭和46年(行ウ)11号 判決

原告 及川喜久

右訴訟代理人弁護士 高沢正治

同 奥山勇治

同 菅野泰

被告(昭和四五年(行ウ)第一二号事件のみ) 市川市南行徳第三土地区画整理組合

右代表者理事 岩田福次郎

右訴訟代理人弁護士 小島成一

同 伊志嶺善三

被告(昭和四六年(行ウ)第一一号事件のみ) 千葉県知事 友納武人

右訴訟代理人弁護士 滝口稔

右指定代理人事務吏員 久保田磯雄

〈ほか三名〉

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

昭和四五年(行ウ)第一二号事件につき

「一、被告組合の設立ならびに同組合が昭和四五年一一月九日になした仮換地指定処分の無効なることを確認する。

又は

二、被告組合が昭和四五年一一月九日原告に対してなした別紙目録記載土地に対する仮換地指定処分を取り消す。」

との判決。

昭和四六年(行ウ)第一一号事件につき

「一、被告県知事が昭和四一年八月二二日なした被告組合の設立認可は無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告県知事の負担とする。」

との判決。

(被告ら)

「主文同旨」

の判決。

第二、原告の請求原因

一、原告は別紙目録記載(1)ないし(36)の土地を所有するもの、被告組合は昭和三八年五月、右土地を含む市川市南行徳の押切地区、湊地区、湊新田地区、および伊勢宿地区を施行地区として設立を発起され、同四〇年一〇月五日被告県知事宛に設立認可の申請をなし、被告県知事から同四一年八月二二日千葉県指令第二三〇四号をもって設立認可を受け成立したとする土地区画整理組合である。

二、被告組合の設立については次の無効事由が存する。

すなわち、本件区画整理は、千葉県の指導により市川市が道路整備、住宅地域建設の目的をもって、発起せしめ、法律を無視して既成事実の上に住民の声を圧服して開発の推進を計って来たもので、次の違法事由が存する。

(一)  法定数の同意の欠缺

土地区画整理組合の設立の認可を得ようとする者は、組合の定款および事業計画を作成し、これについて施行地区となるべき区域内の宅地についての全所有権者および全借地権者のそれぞれの三分の二以上の同意を得なければならない。このことは土地区画整理法(以下単に法と略称する)第一八条第一項に明定されている。しかるに被告組合の設立にあたっては右権利者の法定数の同意はなかったものである。被告組合の設立認可申請書には同意書が添付されているが、被告組合において右同意書を取りまとめたときには、いまだ定款も事業計画も作成されておらず、定款および事業計画に対する同意ではなく、設立に対する同意書として取りまとめたものであり、しかもその際組合員となるべき者に対し十分な説明がなされておらず、しかも、同意書中には作成名義人が死者である(例えば青山重太郎)ものが三〇通あるほか意味の不明なものが三通も存在するといった杜撰なもので右同意書の存在をもって、右要件の同意があったとは到底いえない。

(二)  市街地とするのに適当でない地域が施行地区に編入されている。

1 地盤沈下地域である。

本件区画整理対象地区は、昭和三八年ころからその地盤沈下速度が急速に増し、年間に五センチメートルないし二〇センチメートルにも達し、一〇年後には零メートル地帯に達する危険を有している。したがって市街地とするに不適当な土地である。

2 施行地域内は六価クロームにより〇・〇六PPMの汚染があり、これは人の健康にかかわる環境基準である〇・〇五PPMをこえており、その除去ができないとすれば、宅地として造成することは不適当である。

3 農地が施行地域の七二パーセントをしめている。

本件区画整理の施行地域の七二パーセント、七三六一〇九平方メートルは農地であり、本件区画整理は右農地を宅地化することを目的としており、このことは事業計画より明らかであるが、かかることは農地の転用につき制限を付し、二ヘクタール以上の転用の場合は農林大臣の許可を必要としている農地法四条の精神にもとるものである。

農地の整理は土地改良法によるべく、農地を市街地として開発するなら新住宅市街地開発法によるべく、土地区画整理法により大々的に宅地造成を行うことは一種の脱法行為で許されない。

(三)  事業計画縦覧の手続の欠缺

土地区画整理組合設立の認可の申請があった場合被告県知事は、管轄の市川市長に当該事業計画を二週間公衆の縦覧に供させなければならないのであるが(法第二〇条一項)これを行っていない。かりに右手続を行ったとしても、その通知は地区内権利者に届いていることを必要とするが、かかる事実はない。部外に配布しない市川市公報による通知では権利者に届く筈がない。

三、被告県知事の設立認可処分には次の違法事由が存する。

(一)  前項(一)の事由は、法第二一条一項一号に該当する。

(二)  同(二)の事由は同条一項二号後段、三号前段に該当する。

(三)  同(三)の事由は同条一項二号前段に該当する。

したがって被告県知事は被告組合の設立認可申請を却下すべきであったにかかわらず、これを認可したものであって違法であり、右処分は重大な瑕疵あるものとして無効である。

四、仮換地処分の無効

(一)  被告組合は昭和四五年一一月九日原告に対し、別紙目録記載(1)ないし(36)の土地等に対し、組発第一〇六号および第一二四号をもって仮換地指定処分をした。

(二)  しかしながら右仮換地指定処分には次の違法事由が存する。

1 前記第二項のように被告組合の設立は無効で、かつ第三項のように被告県知事の設立認可処分が無効である以上被告組合のなした右仮換地指定処分も無効である。

2 右第一二四号による仮換地指定処分は原告の父及川久佐エ門に対してなされているが、同人は当時既に死亡している者であって、無効である。

3 被告組合は元来換地計画を定め、これに基づいてなすべき仮換地指定処分を、法第九八条第一項前段の例外的仮換地指定処分としてしている。

4 右例外的仮換地指定処分であっても、法第八九条第一項の照応の原則に従うべく、その土地の評価も考慮されねばならない。しかるに被告組合においては評価員は定款に定める方式で選出されず、参与の訴外鵜沢弘吉が評価員として土地の評価をしているが、これは土地の評価につき定款違反があるというべく右仮換地指定処分は無効である。

5 仮換地の指定に当っては、総会もしくはその部会または総代会の同意をえなければならない(法第九八条第三項)が、昭和四五年八月一七日午後一時から開かれた被告組合の総会において、被告組合は賛成者は拍手、反対者は起立という採決方法をとり、拍手も起立もしない者が出席者中半数程度存したにもかかわらず、議決ありとしている。かかる採決による議決は無効であり仮換地指定処分は結局総会の承認をえないものとして無効である。

6 右仮換地指定処分は公園用地の大部分に原告所有の土地をあてたため、原告は公園をかこみ分散した形で換地を指定されたが、これは区画整理における公平の原則に反し無効である。

(三)  よって原告は被告組合に対し右仮換地指定処分の無効確認あるいはその取消を求める。

第三、被告組合の答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項中、本件区画整理事業について市の指導のあったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(一)  同第二項(一)中、被告組合の設立にあたり、権利者の同意を必要とすること、組合設立申請書に添付の同意書中、作成名義人が死者名のものが存在することは認めるが、その余の事実は否認する。

昭和三八年五月に被告組合設立のための申し合わせ組合を結成以来昭和四〇年一〇月の認可申請にいたるまで、地区内権利者全員を対象に数十回にわたって説明会を開き、定款および事業計画の内容を細かく説明すると共に、検討を加え、権利者が充分に内容を理解した段階で、同意書のとりまとめを行ったものである。

しかして設立認可申請当時(昭和四〇年一〇月一一日)の権利者は二九〇名で、そのうち同意書を提出しなかったものは原告ほか一名にすぎない。同意書中に作成名義人が死者のものが存するが、権利者の把握について土地登記簿の所有名義人によったため、同意書に死者名義のものが存するが、これを作成し同意の捺印をしたのは真実の権利者である相続人である。

被告組合の設立にあたっては法第一八条所定の同意は存したものである。

(二)1  同項(二)1の事実中地盤沈下の傾向にあることを認めるが、その余は争う。

かりに原告主張のとおりの地盤沈下があるとしても、それだけでは区画整理の対象地にふさわしくないとはいえない。被告組合も盛土をして地盤を高め、排水路を完備し、市や県においても沈下対策を講じている。

2  同項(二)2の事実は争う。

3  同項(二)3中、本件区画整理対象地区は大部分が農地であることは認めるが、その余の事実は争う。

土地区画整理そのものは具体的な農地の宅地への転用を含まず、農地法所定の転用手続を不用とするものではない。なお土地区画整理事業が農用地の廃止を伴うときは、法第一三六条により県知事が事業計画の審査に際し、県農業会議に事業計画に対する意見を聴くこととなっているが、本件にあっても、かかる手続はとられている。

(三)  同第三項の事実中、縦覧手続の必要なことは認めるが、その余の事実は否認する。市川市長により適法に縦覧手続が行われたものである。

三、同第三項中設立認可に無効事由の存することは否認する。

四、(一) 同第四項(一)の事実は認める。

(二)1 同項(二)1の事実は否認する。

2 同2事実は認めるが、無効であるとの主張は否認する。土地登記簿上の権利者が死者であり、そのため形の上で死者に対し行政処分がなされた場合でもそのことのみで処分が無効になるものではなく、死者の相続人たる権利者に対する処分として有効である。

3 同3中、被告組合が法第九八条第一項前段の仮換地指定処分をしたことは認める。

本件事業は、現在の地下鉄行徳駅を中心にして南北に広がる位置に都市計画街路を幹線路線とし、縦横に街路、用排水路を配し、公園等の新設変更等の工事をすることになっているが、これらの工事のために、原告所有の本件土地の使用収益機能を他に移すため、右仮換地指定をしたもので、何らの違法はない。

仮換地の指定については原告自ら数度に亘り換地希望をし、被告組合はできるかぎりこの希望を取り入れた。公園用地に指定された部分だけは、その変更が事業計画の変更を要するため希望をとり入れられなかった。

なお、本件仮換地指定も換地処分(本換地)が行なわれる前に換地計画が定められ、利害関係者に充分意見を述べる機会が与えられ、権利の保護が最終的に計られるものである。

4 同4中、仮換地指定処分が照応の原則に従うべきことおよび訴外鵜沢弘吉が評価員として土地の評価にあたったことは認めるが、その余の事実は否認する。右鵜沢弘吉は定款第三七条第一項の学識経験を有する者として、理事会の同意を得て、正式に評価員に選任されたものである。

5 同5中、その主張の日時に仮換地指定についての総会が開かれ、その採決にあたり、賛成者に拍手を、反対者に起立を求めたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告組合の当時の組合員数は三〇三名で、出席組合員数二八七名(うち委任状による出席一九一名)中反対一二名の絶対多数の賛成をえて承認議決されたものである。

議決は大多数の者が拍手により賛成を表明したのであり、その段階で終了している。議長が反対者は起立するように求めたのは、採決が終ったあとでの確認のための事実上の措置にすぎない。

6 同6中、原告の土地が公園用地に当てられたため、飛び換地になったもののあることは認めるが、それだからといって公平の原則に反することにはならない。他にも同様な組合員がいる。

また地積については、本件事業における減歩率は平均一九パーセントであるが、原告はこれを下まわり、位置についても隣接地に指定されている。

第四、被告県知事の答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項中、設立無効の事由の存することは否認する。

(一)  同第二項(一)中、関係人の同意が必要であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同第二項(二)の事実は否認する。

1 地盤沈下地帯であっても、その原因は地質が軟弱な沖積層であるところ、地下水の過剰汲み上げによる地盤の収縮によるものであるから、千葉県による天然ガス井戸の買収、工業用水法、建築物用地下水の採取の規制に関する法律および千葉県公害防止条例などによって地下水の汲み上げを規制することにより、沈下率を低減しうる。

2 かりに六価クローム汚染の事実があったとしても、このことから市街地にするに適当でないとはいえない。

3 本件区画整理の施行地域の七二パーセントが農地であることは認める。しかしながら本件施行地域は、地盤沈下による湛水のため農耕不能の状態にあり、他面、東京都に隣接するという立地条件の優位性から近年農地の転用が急増している地域であり、よって道路、排水路を整備する必要があるところである。

(三)  同(三)の事実は否認する。

市川市長は被告県知事の指示により、昭和四一年七月二日付市川市公告第一一号をもって、縦覧期間同年同月四日から同月一七日、縦覧場所市川市建設部都市計画課とする公告を市川市条例所定の各掲示場に掲示して縦覧手続を行っている。

三、(一) 同第三項(一)の事実は否認する。

かりに原告が主張するように本件認可申請書に添付された同意書が、同意書と題する書面に形式的に権利者の捺印を求めて、これを取りまとめたにすぎないものであったとしても、これにより右同意書が法第一八条所定の同意を証する書類に該当しないことが「明白」であったということはできない。「明白」であるというためには、本件施行地区内の土地所有者の三分の一以上でしかも施行地区内土地総地積の三分の一以上にあたる所有者が被告組合の定款および事業計画により組合を設立することに反対しており、本件同意書中には、このような反対者の同意書が含まれ、かつかかる同意書が関係所有者の真意に反して添付されていることが必要である。

また死亡者名の同意書が含まれていたとしても、何人かにより偽造されたというものではなく、登記簿上相続登記が未了のためその相続人が所有者として同意した書面であり、無効事由にあたらない。無効原因としては、死亡者の同意書を控除した場合には法第一八条の法定同意数に達しないことを要するが、設立認可申請した昭和四〇年一〇月一一日当時の被告組合施行地区内の所有権者は二八八名で、同意書を提出した者は二四四名で原告主張の三三名の数を控除しても法定同意数を欠かない。

被告組合の設立準備の段階で、関係所有者の同意書というのは、昭和三七年頃、関係所有者連名のものが第一回目のもの、昭和三八年春ころ所要事項の書き込みのされていない同意書用紙によるものが第二回目のもの、第三回目のものが本件認可申請書に添付された同意書であって、各所有者氏名、所有土地の明細が記入され、関係所有者が捺印すればよいだけに準備されたものである。これが関係所有者から提出されるまでには、押切会館などにおいて、定款及び事業計画の原案に基づき説明会をしており、関係所有者の納得をうけた上で同意を受けている。

なお組合の設立に同意した者は、定款および事業計画により土地区画整理事業を施行することに同意しないと意味がなく、右同意と推認すべきである。

(二) 同第三項(二)の事実は否認する。何ら重大かつ明白な瑕疵はない。

1  地盤沈下のため市街地に適さないことが明白とはいえない。

2  また六価クローム汚染により市街地に適さないことが明白とはいえない。

3  本件区画整理の施行地域に農地が存するので、被告県知事は設立認可にあたり、法第一三六条により千葉県農業会議の意見をきいたところ、昭和四一年二月四日付で認可相当の意見をえているのであって、何ら農地法の精神にもとるものでない。

(三) 同第三項(三)の事実は否認する。

第五、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、よって設立無効の事由の有無について判断する。

(一)  (同意の欠缺)

土地区画整理組合設立の認可を得るためには組合の定款および事業計画につき、施行地区となるべき区域内の宅地について所有権を有するすべての者およびその区域内の宅地について借地権を有するすべての者のそれぞれの三分の二以上の同意を得なければならない。このことは法第一八条第一項に定められている。

原告は右同意がなかったと主張するので判断する。

本件被告組合の設立認可申請書であることにつき当事者間に争いがない甲第一七号証および原告本人尋問の結果によると昭和四〇年一〇月五日付で訴外田中幸之助ほか一三名から被告県知事に対し被告組合の設立認可申請が出されていること、右申請書の記載では組合員となるべき者の数は二八八名(いずれも所有権者。借地権者は零。)で、法定の必要な同意者数は一九二名であるところ、二四四名の同意があったとされていること、右同意書には「別冊の設計書および定款により、被告組合の設立に同意する」とあるが、事業計画にあたる設計書および定款が、同意を得るに先立ち組合員となるべき者に対し印刷物として配布されたことはなかったこと、同意書のなかには、故人となっている者の名義のものが三〇通、植草兼吉名義なるも押印がなく、その上に仲谷末吉との貼紙があり、誰の同意書と見るべきかわからないもの、それに青木高次郎名義のように減歩されないことを条件として同意するとあって、減歩することにしている事業計画に対する同意書とはならないものが存することおよび原告は本件組合の設立に反対であることが認められる。

しかしながら≪証拠省略≫によると、被告組合が設立されるについては、被告組合の施行地区を管轄する地方自治体である訴外市川市がここに都市計画道路を作ってゆきたいとの意図のもとに昭和三六年ごろから地元に対し区画整理をするという気運を盛り上げるように働きかけ、区画整理についての見とおしをつけるため、区画整理に同意するか否かの簡単な同意書をとったところ三分の二をこえる賛成者があったこと、これに対し地元でも昭和三七年に訴外田中幸之助を委員長とする準備委員会ができここで既存の土地区画整理組合のものを参考として定款を作成し事業計画の検討研究がされ、昭和三八年には数回にわたって押切会館や湊会館などで広く組合員となるべき人達に対し、区画整理のやり方、効用、費用分担、定款や事業計画特に減歩について説明・討論がなされ、また部落の役員には謄写印刷した定款の配布がなされ、同年五月には準備委員会は申し合わせ組合に発展的解消をしたこと、そして昭和三九年六月には申し合わせ組合の方で、記載事項を全部書きこんであり、その記名のところに捺印すれば完成する同意書を配布し、組合員となるべき者に捺印を求めたこと、その中で同意書に故人名義のものが出てきたのは、土地登記簿の調査により組合員となるべき者の氏名を拾ったことによるもので、その捺印は当然名義人によってなされはしないが、その者の相続人など正当な権利者によってなされたものであろうと推認できること、また現在までに原告および青木高次郎以外で組合の設立に同意の意思表示をしない者は同意書を提出しなかった四三名の者(この数の中に青木高次郎を含むかどうかは不明)と考えられるが(これは前項で認定したところからの計算による)これらの者を含め被告組合の設立に反対の意思表示をしている組合員はないことが認められる。

≪証拠判断省略≫

以上の事実からすると、「別冊の設計書および定款により被告組合の設立に同意する」とある同意書は、事前に印刷物で定款および事業計画が配布されていなかったにせよ(配布するのが望ましいが)同意書は無効とはいえない。白紙委任の同意であっても、それが真意なら無効としなければならないことはないし、意に反したとする組合員の存在も認められない。ただ故人名義の同意書は、結局は無効としなければならないが、これが存在したとしても法定の同意数があれば無効ではなく、原告の方で組合員総数および不同意者数を示したうえで法定の同意者がないことを明らかにすべきであるのにこれをしないのであるから結局法定の同意者数を欠くという原告の主張は採用しえない。

ちなみに、前記被告組合の申請書によれば組合員数二八八名であるから、これによって計算してみると、法定の必要な同意者数は一九二名となるところ、添付の同意書中右故人名義のもの、青木高次郎名義のもの、意味不明確で押印のないもの等を除いても、法定の同意者数を割ることはないことは明らかである。また被告組合主張の組合員数二九〇名によって計算しても同様である。

なお成立に争いがない乙第九号証の四(昭和四五年八月六日付被告組合理事長作成の書面)の「第四項」には「同意書は組合設立の同意であり、事業計画書は二週間縦覧してあり、一軒々同意を求めるものではない。」とあるが、かかる解釈は誤であり、特定の約款ならびに事業計画書による組合の設立の同意と解すべく事業計画に反対の意思を表示した同意書は同意書ではないことは当然である。しかしながら前出甲第一七号証の同意書からみると、その作成者は別冊の設計書(これが事業計画書にあたる)により組合の設立に同意するとあるのであるから、被告組合理事長の解釈に誤りがあるとはいえ、法定数の同意の不存在を推認させるものではない。

(二)  (市街地とするのに適当でない地域が施行地区に編入されているとの主張について)

1  地盤沈下との関係。

≪証拠省略≫によると、本件区画整理の対象となっている地域は千葉県の葛南地域で、その中でも浦安、行徳地域に属するのであるが、この地区は地区内での工業用水等の地下水の汲上げは殆んど行なわれないが、大正一二年以来年間約一センチメートルづつ間断ない沈下を続け、その傾向は東京都江戸川区の地盤沈下と類似していることから、東京など他地区の地下水の過剰汲上げが本地区の地下水の低下を来たし、地盤沈下をひきおこしているものと考えられること、そして昭和二七年から昭和三六年の間は年間約三センチメートルの速度であったものが昭和三八年からはその速度をまし、本件対象地付近の市川市行徳町香取で一一・八センチメートルとなり、行徳地区では水田の排水が悪化し、さらに湛水しはじめるに及び米作からハス田への転換が急速になされ、本件区画整理対象地付近である市川市湊新田における昭和四三年度の沈下量は一九・九センチメートルにも達し、同地点での昭和三八年から七年間の沈下量の累計は九二・一センチメートルとなったこと、これは降雨時の床下浸水、学校等建築物の壁の亀裂、ゼロメートル地域の拡大、宅地の湿地化、排水不良地域化、生活環境の悪化をもたらし、高潮による災害も心配されるに至っており、自衛手段として、地上げ、自家用排水ポンプによる排水等が行われていることが認められる。

原告は右事実からして市街地とするのに適当でないと主張するのであるが、地盤沈下はいわゆる市街地である東京や大阪などの問題としていままで問題にされてきたこと、しかして問題があることが指摘されながらもその市街地を市街地以外のものにすべて変更されたといった状勢はいまだないことからすると、右のような地盤沈下があっても市街地化が不適当であるとの基準は存在せず、むしろ≪証拠省略≫により認められるように、本件対象地域は広大な市街地である東京の中心から僅か一五粁、市川市中心部から六粁で既成市街地区に近接し、新に地下鉄の開発により、市街地化が十分に予想され、また本地区は市川市都市計画区域(昭和三一年一〇月一〇日指定)にあり、建設省告示第三六二七号(昭和三九年一二月二八日)によって住居地域および住居専用地域に指定されているのである。

しかも≪証拠省略≫によると、地盤沈下は放置されているものではなく、国、東京都、千葉県等は工業用水法、ビル用水法、千葉県公害防止条例等を制定し、これらにより地下水の汲上げ、天然ガス採取等の規制をし、かん水の地下注入等の対策をとっており、沈下速度の軽減を見るに至っていること、個々的には地上げ、建築物については建築工法の工夫により不等沈下に対する対策をなしうることが認められる。

右事実からすると、本件対象地が地盤沈下を理由として市街地とすることが適当でない土地とは考えられず、原告の右主張は採用できない。

2  施行地域内は六価クロームにより汚染があるとの主張について。

≪証拠省略≫によると、本件区画整理地域外の市川市本行徳儀兵衛新田地区において昭和四五年に日本化学工業株式会社から排出されたクロム鉱滓によって埋立てが行なわれたこと、しかしその有毒性が認識されたためその上に硫酸第一鉄を撒布してこれをおおうこととしたことならびに井戸水の使用禁止という対策がとられたことが認められる。

しかしながら、右鉱滓による埋立てにより本件区画整理対象地域につき如何なる影響がでているかは全証拠によるも明確ではなく、本件対象地域についてのみいえば、かりに汚染地域があったとしてもその土砂の取除きによってもその汚染を除去できようし、しかも、もともとかかる事由は、被告組合設立ないし、その認可のあったときに存した問題ではなく、その後に発生した問題であって、被告組合の設立ないしその認可の無効事由にはならないものであるから、この点についての原告の主張は採用できない。

3  農地が施行地域の七二パーセントをしめていることについて。

施行地域の七二パーセントが農地であることは被告県知事の認めるところであり、被告組合の明らかに争わないところである。

しかして成立に争いがない甲第五号証の三(被告組合の事業計画書)によると、本件区画整理対象地中田畑などの農地は七三六、一〇九平方メートルであることが認められる。

原告は農地を区画整理の対象地とすることは、農地の転用につき制限をしている農地法の精神に反すると主張するが、その転用は合理的な理由があれば許されるべきものであるところ、法自身においても農地法との調整規定として法第一三六条に県知事が組合の事業計画を審査するに当って農業会議の意見をきくこととする規定をおいている。本件においても、≪証拠省略≫によると、区画整理によって田畑は一四四、九五四平方メートルの減少をきたすのであるが、被告県知事が昭和四一年一月二七日千葉県農業会議の意見を聞いたところ、同年二月四日付で認可相当との答申をえたことが認められる。しかも農林大臣等農政関係者からこれについて異論があったといった状況は証拠上認められない。そうだとすると、本件にあっては農地を対象区域に含むことについて農地法上の問題があるとは認められない。

原告は農地の整理は土地改良法によるべく、農地を市街地として開発するなら新住宅市街地開発法によるべきであるのに、土地区画整理法により大々的に宅地造成を行うことは一種の脱法行為であると主張するが、前出甲第五号証の三(被告組合の事業計画書)によれば本件土地区画整理事業の目的は、市街地化の予想される本件地域の土地区画整理を行い、道路、水路、公園、学校用地、その他の整備改善を計ることにあることが認められるから、農地の整理を目的とするものではなく、また積極的に市街地として開発することを目的とするものでもなく、ただ予想される市街地化に対処するためこれに必要な道路、水路、公園、学校用地などを整備改善もしくは確保するにすぎないもので、大々的な宅地開発ではなく、脱法行為とは考えられない。

(三)  (事業計画縦覧の手続の欠缺の有無)

≪証拠省略≫によると、被告組合の設立認可申請について、被告県知事は昭和四一年六月二八日付書面により、管轄の訴外市川市長に対し、被告組合の事業計画を公衆の縦覧に供するように通知し、右市川市長は市川市公告式条例にもとづき同年七月二日市川市公告第一一号をもって、昭和四一年七月四日から同月一七日までの二週間の間、市川市建設部都市計画課において被告組合の事業計画を縦覧に供する旨の公告をなし、右公告は右公告式条例第四〇号の規定により市庁舎掲示場、行徳掲示場、南行徳掲示場など市内七ヶ所の掲示場に掲出され、かつ、縦覧手続がなされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は、右公告をしたとの通知は権利者に届いていることを必要とすると主張するが、縦覧手続をする旨の公告は市条例に定める方法でもってすれば足り、右方式によれば権利者に届く可能性は十分に存するのであるから、現実に権利者に届いていなかったとしても何ら違法ではないのであって、この点に関する原告の主張は理由がない。

(四)  以上の考察からすると、原告の主張するごとく被告組合の設立については何ら法律を無視して強行した違法があるとは認められず、≪証拠省略≫によって、本件区画整理がまず市川市が道路整備の目的から地元に働きかけて発起せしめたことは認められるが、結局区画整理を行うことにしたのは、既に判断したように被告組合の構成員の意思なのであるから、右働きかけの存在が、被告組合の設立を無効ならしめるものではない。

したがって原告の被告組合に対する設立無効確認の請求は理由がない。

三、したがって被告県知事の設立認可処分についても、原告の主張のような重大明白な瑕疵、すなわち無効事由は認めえないのであって、原告の被告県知事に対する請求は理由がない。

四、よって、次に仮換地処分について、無効事由の存否を検討する。

(一)  被告組合が昭和四五年一一月九日原告に対し、別紙目録記載の土地等に対し組発第一〇六号および第一二四号をもって仮換地指定処分をしたことは当事者間に争いがない。

(二)1  (設立無効等による無効)

原告主張の無効事由のうち、被告組合の設立が無効であり、あるいは被告県知事の設立許可処分が無効であることを前提とする主張の理由のないことは、既に説示したとおりの次第で明らかである。

2  (死者に対する処分としての無効)

ところで右仮換地指定処分中第一二四号をもってなされた分が原告の父である及川久佐エ門宛に対しなされたこと、当時及川久佐エ門は既に死亡していた者であることは当事者間に争いがない。

右事実と≪証拠省略≫によると、原告が所有する別紙目録記載(1)ないし(36)の土地はいずれももとは原告の父及川久佐エ門の所有であったが、同人が昭和二九年二月一六日死亡し、原告がこれを相続し、その登記をすませたこと、しかし市川市押切六七三番二・畑二五歩は及川久佐エ門名義のまま放置されたため、右土地は同人のものとされ、同人名義で仮換地指定処分がなされたこと、登記簿上、及川久佐エ門の住所地は原告と同じであり、及川久佐エ門宛の通知は原告宅に送達されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実からすると、及川久佐エ門宛の仮換地指定処分は実質上その相続人である原告を相手方として仮換地指定処分がなされたものとみられるのであって、しかも原告がこれを知りまたは知りうる状況にあったものと考えられるから、原告が右瑕疵を理由として右仮換地指定処分の取消を求めることはできないものと解すべきである。

3  (換地計画にもとづかずして仮換地指定をした違法)

被告組合の原告に対する本件仮換地指定処分は、土地区画整理法第九八条第一項前段にもとづいてなされたものであることは当事者間に争いがない。

原告は右条文にもとづく仮換地指定は違法であると主張するが、≪証拠省略≫によると、被告組合は、土地区画整理事業、すなわち公共施設の整備改善を図るために行う公共施設(道路、公園、学校用地等)の新設又は変更、宅地の利用の増進のため土地区画形質の変更等の事業を行うものであり、その工事を行う必要があって仮換地指定処分をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実からすると、被告組合が土地区画整理法第九八条第一項前段により仮換地指定処分をしたことは適法である。右のように事業をすすめる必要があるときは、換地計画が定まっていなくても仮換地指定処分をなしうるのである。右に反する原告の主張は採用しえない。

4  (評価員選任の違法)

本件のような法第九八条第一項前段の仮換地指定処分であっても法第八九条第一項に定める換地基準によるべきことは法第九八条第二項に定めれているところである。右基準によるときは、もとの土地ならびに仮換地のそれぞれの評価をすることは当然である。

原告は参与の訴外鵜沢弘吉が評価員となっているがその選出は定款の規定によっていないから違法であると主張する。

ところで右鵜沢が評価員として土地の評価をしていることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると、被告組合の定款第三七条第一項は「組合に土地の評価について組合員又は学識経験を有する者七人を理事会の同意を得て評価員として選任する。」と規定している。

しかして、≪証拠省略≫によれば、鵜沢弘吉は昭和九年四月ころから銚子、千葉、市川など各地の土地区画整理関係の仕事にたずさわってきた学識経験者であって、理事会の同意を得て評価員に選任されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

したがって原告の主張は前提をかくのみならず、かりに評価員の選任につき何らかの瑕疵があったとしても、その瑕疵の存在がただちに仮換地指定処分にいわゆる照応の原則に反する結果をもたらすものではなく、仮換地指定処分を無効ならしめるものではない。

5  (仮換地指定についての総会の議決方法の違法)

仮換地指定に当っては、あらかじめ被告組合は総会の同意をえなければならないのであるが(法第九八条第三項)、昭和四五年八月一七日午後一時から仮換地指定について、被告組合の総会の同意を求める臨時総会が開催されたことおよび右総会において右議案の採決方法として賛成者に拍手を求め、反対者に起立を求める方法によったことは当事者間に争いがない。

右事実と≪証拠省略≫によると、右総会当時の組合員数は三〇三名、出席組合員数は一九一名(うち委任状は九六通)であったこと、仮換地の指定の議案についてはまず参与から説明があり、その後質疑応答があり、その後採決に入り、賛成者に拍手を求めたところ拍手多数であったこと、そのあと、反対者に起立を求めたところ一二名が起立したこと、それで議長は賛成多数と認め、議決された旨宣言したことが認められ、右認定に反する証拠はない。原告は拍手も起立もしない者が出席者中半数程度存したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

右事実からすると、総会の決議の要件である組合員の半数以上の出席をえて総会が開かれ、その過半数による議決がなされたもの(法第三四条第一項)と判断される。

なお原告は賛成者は拍手、反対者は起立という採決方法は違法であると主張するが過半数の可否の判断が拍手の方法によっては明らかでないときは、違法であろうが拍手によって過半数の賛成のあることが認められる場合には、かかる方法によることが違法であるとはいえない。

よって、この点に関する原告の主張は採用できない。

6  (原告所有地を公園用地とした違法)

原告の所有地に公園用地が当てられたため、飛び換地になったものがあることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、被告組合の事業計画では当初からその施行区域内に九ヶ所の公園を新設することとしたこと、そのうちの一ヶ所の敷地に、原告所有の押切中根通三九九番の土地および別紙目録記載(4)ないし(8)の土地が訴外石井善太郎、訴外青山竹次郎、および訴外渋谷和太郎所有の土地と共に指定され、また原告所有の同目録記載(3)の土地は右公園の外の道路用地に指定されたこと、そしてこれらの仮換地として右公園をかこむ形でその隣接地の五ヶ所のブロックを指定されたことおよび原告所有地で公園の敷地とならなかったところもあることが認められる。

原告は、その所有地に公園用地をあてたことは違法であると主張するが、公園用地は被告組合の事業計画によって定められたところであり、しかも、他に八ヶ所も公園の敷地があり、これは原告の所有地ではないことを考えると、その所有地に公園用地を指定したことが公平の原則に反するとは考えられず、他にこれを違法とする事由は認められない。

しかして、公園用地の指定が正当であれば、公園用地のところの土地の換地は、現地換地にはできないことは当然であり、飛び換地とならざるをえないところ、原告に対する仮換地はもと地の隣接地に指定されたのであるから、これはできるだけ現地換地の基本原則を可及的に守るべく、もと地に近いところに仮換地を指定したものと考えられるものであって、違法とは考えられず、ほかに右仮換地指定が公平の原則に反する点の主張はない。

したがって、本件仮換地指定処分について、原告主張の違法事由は見出だし難い。

7  (仮換地指定処分の当否)

そうすると、原告が被告組合に対し、本件仮換地指定処分の無効確認ないし取消を求める請求は理由がないといわねばならない。

五、よって原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺桂二 裁判官 浅田潤一 林醇)

〈以下省略〉

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